一億円があったら 小原晩

ばんぶんぼん!は作家の小原晩、星野文月とBREWBOOKS尾崎大輔の3人によるリレー連載です。3人で話してみたいテーマを持ち寄って、自分の思うこと、ふたりに聞いてみたいことなどを書いていきます。連載のタイトルは3人の名前や愛称をくっつけました。


文・写真・題字:小原晩/星野文月/尾崎大輔
キービジュアル:モノ・ホーミー

一億円があっても、だいたいはいまと同じような生活を送るとおもう。

昼過ぎに起きて、原稿を書いて、散歩にでかけ、日が暮れるころすこし眠って、晩飯はゆっくりと食べ、湯船に浸かって、眠くなったらぐっすり眠る。
特別な日以外はタクシーに乗らないし、ごく普通のスーパーで、いちばん安い苺を選ぶとおもう。
これ以上のうれしい生活は、わからない。もう十分にしあわせである。身の程以上の暮らしであるとおもう。私の身の程を、一体誰が決めているのか、という問題は横においておくけれど、ほんとうにそうおもう。ときどき、昼間に散歩などをしていると、きゅうに涙がでたりする。うれし涙である。だれかになにかを決められないことは、言われないことは、怒られないことは、こんなにもうれしい。文章を書いてお金をもらって、本を買って、読んで、食べて、飲んで、うれしい。本気でそうおもう。
一億円があったら……うはうはの生活を想像しようと思ったのに、どうも弱気である。

でも、やっぱり、一億円があるからといって、ひっきりなしに海外旅行へ出かけるとか、ハイブランドのものを買い漁るとか、成城石井でしか買い物はしないとか、寿司職人を自宅に呼んでパーティーをひらくとか、リムジンで恋人を迎えに行くとか、シャンパンを愛したりとか、麻布十番に住むとか、こころ、さっぱり、躍らない。(お金のある生活への解像度が低すぎるのは、いささか問題であるような気がするけれど、いまは横においておこう)

でも、そうだなあ。もうすこしいい部屋には住みたいなあ。
風呂場に洗面台がついていなくて、足の伸ばせる湯船があって、料理のしやすい台所があって、窓をあけたときにひろがる風景がそれなりにすてきな部屋に住みたい。わたしの願いといえば、だいたい、そんなものである。

なんというか、内なる神さまに媚びるようなことばかり書いてしまった。

神さま、いつもお世話になっております。小原晩ともうします。今日はお話があります。というのも、わたくし、小原晩は、いまの生活で十分にしあわせでございます。ほんとうにありがとうございます。おかげさまでございます。これ以上など望みません。このまま地味で構いません。ですから、どうか、いい部屋だけは、お力添えいただきたく、おねがいもうしあげます。

ほんとう、弱気なものである。

小原晩 / Ban Obara

2022年初のエッセイ集となる『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を自費出版。2023年「小説すばる」に読切小説「発光しましょう」を発表し、話題になる。 9月に初の商業出版作品として『これが生活なのかしらん』を大和書房から刊行。