一億円があったら 星野文月

ばんぶんぼん!は作家の小原晩、星野文月とBREWBOOKS尾崎大輔の3人によるリレー連載です。3人で話してみたいテーマを持ち寄って、自分の思うこと、ふたりに聞いてみたいことなどを書いていきます。連載のタイトルは3人の名前や愛称をくっつけました。


文・写真・題字:小原晩/星野文月/尾崎大輔
キービジュアル:モノ・ホーミー

一億円って、自分の生活レベルからはほど遠い宇宙みたいな数字に思えるのに、実際にどう使おうかって考えると案外できることが少なくてびっくりする。
東京のマンションや物件はぜんぜん一億円じゃ買えないところばかりで、じゃあ一体何ができるんだろう?って「一億円」への理解は依然として薄いままです。

アニメ「おじゃる丸」の中にお金持ちの”金ちゃん”というキャラクターがいるんだけど、ふたりは知ってる?金ちゃんの家には、リビングにとっても大きな水槽があって、そこには見たことのない海洋生物がすいすいと泳いでいるの。
小学校から帰って、テレビをつけて、この金ちゃんの水槽を見た私は、「これがあったら、他になにも要らない」とはっきりと思った。
それで母に、この金ちゃんの水槽を実際につくるにはいくらあったらいいのか訊ねてみたときに返ってきた言葉が「一億円」というものだった。

その時から、私のなかで一億円というのは、憧れの水槽を手に入れるための、甘美な響きになった。だけど、母が何をもって一億円と答えたのか、今考えてみるとまったくわからない。
金ちゃんの家の水槽は、サメや、マンタなどが回遊するような、水族館のメインになれる規模のものなので、一億円じゃぜんぜん足りないと思う。一億円に対する解像度がだいぶ低い私でもそれくらいはわかる。それじゃ、金ちゃんの水槽には届かない。

今はもう大きな水槽を所有したいとは思わなくなったけど、遠出する機会があれば水族館に行きたくなって、そこで海の生き物たちが泳いでいる姿を見ながら、やっぱり私は金ちゃんの水槽を思いだす。

あれから金ちゃんはどんな大人になったのだろう。相変わらず欲しいものは不自由なく手に入れて、朗らかすぎるほど、朗らかな人間のままで居られているだろうか。
一方の私は、そんなにお金は持ってないけれど、そこそこ満足に暮らしています。
いつか金ちゃんのお家の水槽が見たいです。あの水槽があれば、一生さみしさを感じることなんてないはず、と子どもの私は確信に近い思いを持ったのだけれど、実際にはどうだったのだろう。あの水槽の前で聞いてみたいです。

星野文月 / Fuzuki Hoshino

作家。著書に『私の証明』『プールの底から月を見る』など。me and you little magazine & clubにて「呼びようのない暮らし」を連載中。